第9章 シナトラとポール・アンカ、交流の軌跡(4)「フロリダの夕食」の謎
私が青春を過ごした 1960 年代は、ベトナム戦争や公害問題など、世界も社会もどこか混乱気味で、文化までもが大きく揺れていた時代だった。日本でも海外でも若者の反抗が渦巻き、音楽やアートが次々と新しい姿を見せていた。私もその雰囲気に自然と影響され、ジャズ喫茶でコルトレーンを聴いたり、ロックや前衛映画、アングラ演劇に触れたりして、「これが時代の最先端だ」と思い込んでいた。 ただ、今思えば、そうした前衛文化にはどこか背伸びしてつき合っていただけなのかもしれない。そんな気持ちをふっと軽くしてくれたのが、あるピアニストのライブだった。演奏の楽しさがまっすぐ伝わってきて、「自分が本当に楽しめる音楽はこういうものだ」とはっきり気づいたのだ。 振り返ると、あの頃の私は時代の熱気に押されて、少し無理をして世界を受け止めていたのだと思う。それほどまでに、多くの領域で大きな変化が次々と起こっていた時代だったのは確かだ。 シナトラはこのフロリダ滞在期において、精神的に不安定であり、態度も荒れていたとキティ・ケリー著(注)に多くの証言が残されている。彼の身辺には、まさに内憂外患と呼ぶべき複数の問題が重なり、精神状態が健全とは言い難い状況に追い込まれていたことは事実である。 (注) Kitty Kelley (キティ・ケリー) , His Way: The Unauthorized Biography of Frank Sinatra , Bantam, 1983 (柴田訳『ヒズ・ウェイ』文藝春秋 , 1989 年 , 434 頁など) . その中で何が最優先の懸念であったかを断定することは困難であるが、少なくとも、彼が長年にわたり築き上げてきたアメリカ的エンターテインメントの基盤が揺らぎ始めていたことは疑いない。とりわけ、 1960 年代半ばの「ブリティッシュ・インヴェイジョン」──イギリスのロックやポップ・ミュージックがアメリカを席巻した現象──は、既存の音楽家にとって強烈な衝撃であった。この現象は日本ではあまり強調されないが、当時のアメリカでは「英国の侵攻」とまで呼ばれ、その影響力は特別な意味をもって語られていた。 この潮流は、シナトラのような伝統的歌手にとって不快感を...